2010年11月21日 バンコクマラソン 〜熱帯国のマラソン大会にチャレンジ!〜
 

 走り始めたのは3年ほど前からか。きっかけはダイエットで通い始めたフィットネスジムのランニングマシーン。この頃は体重も増え、お腹に脂肪が相当についてしまい、完全にメタボ。さすがにこのままじゃヤバイと思いジムに通い始めたのだ。ジムに通い始めた頃はエアロバイクや筋力トレーニングを中心に行っていたが、何気なく利用したランニングマシーンで走ってからである。走り始めると息が切れてきつく、疲れてかなりしんどい。しかし、走った後の爽快感が心地よく感じた。それから、走る時間も20分、30分、40分、50分、55分、1時間と増え、スピードも徐々に上がっていった。
  ジムに通い始めて1年ぐらいたった頃には、1時間をそこそこのスピードで難なく走れるまでなった。でもそこまでいくのに膝や脚の筋肉に相当なダメージを与え、病院や針灸医院に何度もお世話になった。やがて、ただランニングマシーンを走るのではなく、マラソン大会にも出て自分の力を試したくなった。そうして日本の地元のマラソン大会で走ったのが2010年3月である。大会3ヶ月前には週1回、LSD(ロング・スロー・ディスタンス)(ゆっくりしたスピードで2〜3時間、長距離を走る事で毛細血管の拡張と心肺能力を高める効果がある)練習法も取り入れた。練習の効果もあったのか3時間56分で完走できた。初マラソンながら4時間を切り、歩かずノンストップで何とか走り切る事ができた。しかも練習はジムのランニングマシーンだけだったので上出来だろう。
  初マラソン後から1月ほど経って、またマラソンを走りたいという気持ちが芽生えてきた。インターネットで調べると日本でエントリーできるのは6月の北海道の大会ぐらいで、11月下旬の茨城つくば大会まで大会まで一切ない。北海道までわざわざ高い交通費をかけて行く気がしなかったのでパス。タイに目を向けると、6月にプーケットマラソン、7月にパタヤマラソンが開催されているのが分かった。しかし、時期が蒸し暑い雨季の開催である。ちょっと走る気がしないというか、過酷すぎて自信がなかったのでパスした。結局、11月まで8ヶ月間待つ事になった。11月のバンコクの夜は結構涼しい時期である。つくばマラソンの参加も考えたが、第二のふるさとと考えているタイで一度は走ってみたいと思い、バンコクマラソンに照準を決めてひたすら練習に励む日々が続いた。9月になってエントリーを行った。エントリー費は2000Bなり。高!タイ人の場合は800Bである。エントリーはレース前日まで出来る。ちょっと驚きである。ちなみに11/11-20までの直前エントリー費は外国人2500B、タイ人1200Bである。日本の大会では定員オーバーでエントリー締め切りが頻発しているので、早めの2ヶ月以上前にエントリーしたのだが杞憂に終わった。実際はそんなに参加した人は少なかった。フルマラソンの参加人数は1500人弱、ハーフ1400人弱だったのがレース後に分かった。
  10km以下のエントリーの数字は分からないが、ゴール後の人数からすると結構な参加があったと思う。2万人ぐらいか?それでも東京、ハワイ、ニューヨーク、ロンドンマラソンのような規模ではなかった。地元のマラソン大会でもフルマラソンは5000人いたぞ。やはり気候が影響しているのか?暑いタイではマラソンは馴染まないのだろう。
  マラソンエントリー後は大会まで週1回のLSD練習を取り入れ、本番に備えた。

 
大会数日前

  4日前、そろそろ本番が近づいて来たこともあり、ネット上でコースの見直しと大会の概要を掴む為にチェックを行った。それによると11/19-20の間にシーアユタヤ通りのアーミークラブにゼッケンを受け取りにこなければならないと書いてあるのに気がついた。飛び込みの登録もここで出来るようだ。危ない、危ない、前回の日本のマラソンは当日にゼッケンを受け取っていたので、てっきり当日会場でナンバーカード(ゼッケン)を受け取るとものと思っていた。そういえば東京マラソンも前日にゼッケンを受け取る形式だったような。やはりシティーマラソンは違うな!と思った。
  3日前、タイの友人にマラソンを出る事を話した。冗談で「一緒に出るか?」と言ったが、運動と無縁で太めの友人は当然「ノー」の返事だった。そのとき友人の友人が居合わせていた。何回か言葉を交わした事もあり、まったく知らない仲でもない。その友人の友人にも「一緒に出るか?」と冗談のつもりで聞いた。返ってきた答えが「OK、一緒に出よう」と言う回答だった。いろいろ話を聞いてみると、たまにジムのランニングマシーンで走っているらしい。でも30分間、5kmほど。そんなレベルで完走できるか?と半信半疑に思いつつ。明日11/19にアーミークラブへ一緒に行こうと約束した。
  大会2日前の11/19、友人の友人は明日にして欲しいと言ってきた。さては怖気づいたのか?そんな雰囲気が伝わってきた。そして前日の11/20、約束の時間16時直前に土砂降りが降ってきた。乾季に入ったのにスコールとは珍しい。友人の友人に電話をして行く意思の確認をする。多分あれこれと理由をつけて断るのではないかと予想できた。振り回されて自分までがナンバーカード受け取りに間に合わない恐れがあったからだ。ナンバーカード受け取りは19時までだ。ナンバーカードを受け取らないと大会に参加できないのである。「雨が降っているから今日の大会は中止だよ。」「雨が降っているから行かない。」といい加減な事を言う。やはり、軽い気持ちで約束をしたのはいいが、いざ参加するとなると大変な事だと怖気づいたのだろう。最初から約束するなよ!やはりタイ人だよな。と少し腹を立てものの、深呼吸して忘れることにした。タイ人の適当な性格にいちいち腹を立てても疲れるだけ。 土砂降りの中、アーミークラブへ行く。途中、パヤタイ駅前のショッピングセンターの喫茶店で雨宿りする。雨も5時過ぎには止んでくれた。
  このスコールは恵みの雨になるだろう。気温を下げ、排気ガスを飛ばし、埃まみれた道路を洗い流してくれる。特に排ガスを飛ばしてくれるのは有難い。肺にダメージを受けることが心配だった。それにしてもタイの排気ガス基準ってどうなっているのか?大通りを歩いているとハンカチを鼻と口に当てて息を吸わないとならない時がある。日本じゃ考えられない。日本メーカ車をたくさん見るが、排ガス基準は甘く、コストがかかる触媒などはついていないのか?
  アーミークラブに6時前に到着することが出来た。人はまばらで並ぶことなくナンバーカードを受け取る事が出来た。ここは陸軍の社交場、福利厚生、慰安施設なのか?会場ではニューバランスの販売会も行っていた。前モデルだが、50%offで販売されている。結構安い。靴幅が細かく用意されているのはこのメーカぐらいで、自分足に合った靴を選べる。でもニューバランスのシューズを何回か履いた事があるが、爪がはがれたり、履いた感じがいまいちだったりと相性が悪いので食指は動かなかった。
  ナンバーカードを受け取り外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。すぐに部屋に戻って睡眠をとらなければ。睡眠は大事である。練習でも睡眠不足で走ると30分も走れない時がある。まして42kmを走るのなら尚更である。バスを待ってもまったく来る気配が無い。時間が勿体無いのでタクシーを捕まえようとしたが、あまり走っていないし、すべてが乗客中ばかりである。アンポーン公園まで歩いてみた。すると何やらナイトバザールが行われている。結構常駐的に行われているのか?隣のラマ5世騎馬像の広場でもテントがたくさん設置されているのが来る時に見えた。おそらく12/5の国王誕生日までのお祭りの一貫なのか?ナイトバザールの様子を10分ほど覗いて、通りに出た。相変わらずタクシーは来ない。10分ほど辛抱強く待ってようやく捕まえる事が出来た。
  部屋に19時過ぎに戻り、目覚ましを夜中の1時にセットした。レース開始は真夜中の3時に開始される。暑さ対策なのだろう。2日前から、夕方から夜中まで睡眠を取り、レース時に体力のピークが来るように生活にリズムを変えている。また、レース1週間前からはウィスキーなど強い酒はストップ。ビール2.3本までに抑えている。当然、この日はビールもストップである。

 
アーミークラブ ゼッケン受け取り場所
 
フルマラソンで6時間以内でゴールすると、完走Tシャツと金メダルが貰える。
Tシャツの素材結構いい。ジムで着よう。
参加賞として左上のTシャツとバッグが貰えた。参加費が高い訳だ。いらないから参加費を安くしてくれ。
 
大会当日

  午前1時、起床。睡眠もばっちり。体も軽い。前日に買っておいたクロワッサンを食べる。本当は餅を食べたいのだが、その代替でクロワッサンを食す。マラソン前には食べないとバテる。しかし、ヘビーに食べると走りに影響する。高橋尚子の本を読み、彼女はレース前に餅を食べるそうだ。腹持ちも良く、カロリーもそこそこで、走っている時のお腹の負担も少ないそうだ。前回のマラソン大会ではその受け売りで餅を食べた。確かにお腹を空かす事も無かったし、走行中に腹痛になることも無かった。
  続いてプロテインを摂取する。サバスの持久系エンデュランス、ランナー、普通のホエイ系のミックスしたプロテインを飲む。普段走っているランニグマシーンには体重を入力すると消費カローリを算出する機能がついている。42km走った時に換算するとおよそ3200kcalを消費すると思われる。栄養不足が起こると完走はおぼつかない。
  走っている時にも栄養を補給できるようにアミノバイタル・マルチエネルギーゼリーを2つ用意した。180CCで160kcal補給でき、アミノ酸が含まれ即効性がある。今回はそこにスポーツドリンクで溶かした「からだ燃える」というマルチビタミン、クエン酸、グルコミ酸、コラーゲンを大量に含まれているサプリメントと「ランナープロティン」を注入する。普段の練習ではからだ燃えるとランナープロテインのスポーツドリンク割りを摂取している。これを飲むと爆発的なパワーが発揮出来、しかもバテない。ゼリーの袋がパンパンになるまで注入する。これで1袋250ccぐらいか。合わせて500g、これを携帯して走るのは結構しんどいが、水(2.3kmごとに設置)とゲーターレード(16、22、26、31、34、37km地点に設置)だけの補給では体力的に自信が無い。スイカも4箇所で食べられるが、走りながら食えるほど器用ではない。スタート直後は重いと感じるがすこしづつ重量も減っていくのでそれほどの負担ではない。重いと思ったら捨てるか早めに消費すればいいのだし。
  次に大事なのは排便です。少しでも体を軽くすればそれだけ疲れにくいからです。すべてを出し切り、シャワーを浴びた。ストレッチを行い、テーピングとファイテンテープを脚に貼り、ランニグウエアーに着替える。前回のマラソン大会から学んだ事は、着替え室が用意されていても会場での着替えとテーピングは人が多く、ままならないことである。なので今すぐにでも走れるような格好で部屋を後にする。
  2:20に会場に到着する。運動前ヴァームゼリーを摂取した。着替え、水、タオル、カメラなどを入れたバックを預ける。そしてトイレへ行ってすべての尿を搾り出す。1gでも軽く。走っている最中にトイレに行きたくなるのは時間が勿体無いし、走りに集中できない恐れがある。
  2:40分にスタート前に行くと既に多くのランナーが軽いジョギングをしたり柔軟体操をしている。靴の紐を締め、再度ストレッチを行う。2:50分になると車椅子の部がスタートを切った。

 
 
レース開始

 車椅子が出発して、ランナーがスタートラインに集まり始めた。実行委員長らしき人が挨拶して、いよいよ3:00になった。そしてスタートの合図が切られた。ラッパが鳴り響きランナーは拍手や嬌声を上げながらスタートする。体が軽い。本当は最初の数キロはセーブして体を慣らしたほうが良いのだが、今回は体の調子がよければ3時間30分切りを目標としてしていた。最低でも4時間切りがノルマである。当然ダッシュスタートなど馬鹿な行為はせずに、3時間30分を切る為のスピードへのペースアップである。ストップウッチ時計を携帯していた。だが夜でなかなかラップの確認がうまく出来ずにいた。2kmごとに照明ボタンを押す余裕が無くチェックが面倒くさくなっていてしなかった。照明ボタンを押すと3秒点灯するのだが、走りながらの確認は難しく、数回ボタンを押してようやく確認できるといった状況であった。この行為が結構疲れる。自分の感覚では12km/hちょっとぐらいと考えていた。大会後にラップを計算すると13.3kmペースで6km地点まで走っている。さらに15km地点までは12.5km/hで進んでいた。最初の6kmはちょっと飛ば過ぎだったかも?後で後悔する羽目になるのだ。
 前回の日本でのマラソン大会ではペースランナーが用意されていた。4時間半、4時間、3時間半と。自分のレベルに合ったペースランナーにくっついて行けばスピードの増減がなく、体の負担も最小限となってゴールできるのである。スピードの増減は結構体に負担がかかるのである。上級者ランナー向けにインターバルというスピード走行−通常走行を20.30分づつを何セットか繰り返す練習がある。まだ自分にはレベルが高すぎてインターバル走行練習は取り入れていなかった。
  ゆくっりと走るランナーを次々に後にする。ピンクラオ橋を渡りきった頃には自分の前を行くランナーは100人ぐらいだろうか?コースはスタート地点から1kmぐらい走るとピンクラオ橋の手前で上り坂となり橋を渡りきって下り坂となる。それから1km進むとまた登り坂になった。上りきると永遠に高架道路が続いている。てっきり下の道路を走ると思っていたのだが。さすがに下の通りは交通規制を行うと影響が大きすぎるからか?しかし、孤独である。自分の周りには数人のランナーのみ。他に2kmごとの給水スタッフと1kmごとにいる緊急時のレスキュースタッフ。スタッフは当然、自分の仕事をしなければならないので応援の掛け声は無い。声援は走る気力が沸いてくる。前回のマラソンは周辺の住民や太鼓隊などの励ましがあって大いに頑張れた。たくさんの声援を受けながらのランニングを想像していたのだがちょっと違ってしまった。でも月がとてもきれいだった。景色などを見ながら疲れを紛らわすしかない。
  しかし高架道路の走行は疲れる。なぜか左に左にと自然に体が行ってしまう。側溝の凹んだ所で足を引っ掛け挫きそうになったり、柵が1メータぐらいの高さしかないので何かの拍子で勢い余って落ちそうな恐怖を感じた。。大会が終わってから考えてみて分かったのが、スコールの排水対策で道路に雨がたまらないように右から左へと側道の排水溝に水を逃すために傾斜がついていたのだ。走っているときにはそんな考えをめぐらす余裕は無かった。
  12km地点では早くも1本目のゼリーが空になった。そして、先頭集団とすれ違う。やはり先頭はケニア人である。これまで給水所の水分補給はゼロ。2本目に突入である。18km手前で口の中が甘ったるくなってきた。甘いゼリーばかりを飲んでいた為だ。そして18km地点で初めて水に手を出す。その時、気管に水を吸い込んでしまった。少しスピードを落として水を飲めばよかったのだ。むせても少し経てば直るだろうと思ったが、息が思うように出来なくなったので歩いて呼吸を整えるより他にない。少し歩くと息が出来るようになったので走り始めたが、200mぐらい走ると今度は心臓が痛くなって来た。無理をして心臓停止も困るので再び歩きに始める。一瞬、息が出来なかった負荷とこれまでのハイペースが影響したのだろう。時計を見ると1時間30分経過している。歩いた為に緊張の糸が切れてしまった。もう3時間30分の目標も4時間切りの最低ノルマもどうでも良くなってしまった。残り24km。歩いた場合、時速6km/hでも4時間、合計5時間30分か・・、残り歩きに切り替えよう。もう毎日のランニグは止めた。二度とマラソン大会には出ない!棄権しようかな。何の為に自分はマラソンを走っているのか?何かメリットがあるのか?等いろいろ考えながら永遠に続くと思われる高架を歩く。5分か10分か20分か分からない。何十人と後続のランナーに抜かれる。歩くという行為は自分にとって屈辱的な事である。前回のマラソン大会でも脚の痙攣、こむら返りを発生しても気合でノンストップで走ったのに。あー、情けねーな。歩いているのは自分だけ。
  やがて心臓の痛みも消えた。もうその時は時計を見るのも嫌になってしまった。そしてタイムは無視して、ただひたすらゴールに向かうことだけにした。再び走り始めた。やがて1kmほど走るとまた心臓が痛くなってきた。100mぐらい歩くと痛みが消えるたので再び走り出す。
  やがて20km地点の給水所に到着。ここで歩きながら水分補給をする。今後は給水の際に30秒ぐらい歩いて休み、2km先の給水所まで走り、また30秒ぐらい歩いて走るという作戦に切り替える事にした。体が言うことを聞かないである。情けないがしょうがない。  
  22km地点に到着する。ようやく半分を過ぎた。やたらと喉が渇く。それに暑い。どうやら水分補給が足りなかったようだ。これまで補給した水分は500mlぐらいか。汗は2.3Lは出ているかも知れない。完全に脱水症状の兆候である。コップ一杯を飲み干し。さらに両手に2杯のコップを取って。右手のコップは半分ぐらい飲んで、残り1杯半の水を頭と胸にかけた。左胸が急激に冷えたので一瞬心臓がキュンとした。次からは右胸と後ろ首と右背中のみにかけるようにしよう。その後、ゴールまでは給水毎にコップ3杯使う。スタッフの皆さんに感謝。  

 
30km地点

  ラマ8世橋を渡り、数百メートル走った所で一般道へ出た。ここまで30km。孤独な走りだった。一般道にはまばらだが市民が応援に駆けつけてくれている。チアガール隊もいる。声援を受け元気が出てきた。空もうっすらと白み始めている。時計を久し振りに見る。既に照明ボタンを押さなくてもタイムが確認できるようになっていた。タイムは2時間40分である。意外である。自分の感覚では3時間は経過していると思っていたからだ。欲が出てきた。目標を4時間切りにした。残り12kmを1時間20分、長時間歩かなければ、時速10km弱で何とか3時間台で走る事が出来る。 しかし、本当にきついのはこれからである。既に体力のすべてを出し切ってしまった。チットラダー宮殿、旧国会議事堂、国連、首相府など通過したが、景色を楽しむ余裕など無い。ただ苦しみが襲うだけである。
 36km地点、ラマ5世騎馬像付近でこむら返りが起こる。しかし、ブルッとほんの一瞬で収まった。長時間歩いたし、給水所毎で少し歩いているので前回のマラソン大会に比べればたいしたことは無い。ようやくプラ・アテットまで来た。ここまで38km、あと4kmだ。でも4kmがとてつもない距離に思える。
  もう限界、歩きたい衝動に駆られる。サナームルアンに差し掛かった。給水所がある。距離表示が無い。だが、走った感じではここが40km地点だろう。あと2km。頑張れ!最後の力をしぼり出す。タマサート大を右折。マハタット寺院を走り抜け、王宮に入った。王宮を周り切ればゴールである。王宮に入って1kmは走っただろう。そしてサナームチャイ通りに入る手前に40kmの標識を確認。えっ、そんなはずは無いだろう。あと2kmを走る体力はもう無い。心が折れそうになる。でも、おかしい。感覚的にはここが42kmではないか?ここはタイだ。標識の設置なんて適当かもしれない。あと500mだけ頑張って走ってみよう。40km標識の前に座り込んでいるランナーが2人いた。あと2.195kmと聞いて心が折れてしまったんだろう。

 
ゴールへ

 サナームチャイ通りに入ると沿道には応援する市民が大勢いる。やはりゴールはもうすぐだ。やがてゴールが見えてきた。あと2百メートルぐらい。ゴール前に入ると自分の名前が呼ばれた。そしていよいよゴール。疲れたー。タイムは前回のマラソンタイムをほんの少し更新できた。この過酷なマラソンで4時間切って、記録更新が出来れば御の字であろう。計測チップが回収され、氷水とTシャツと金メダルと食事・フルーツ引き換え券をくれた。氷水のなんとおいしかったことか。食事はは雑炊が出た。次にフルーツ交換所へ行きフルーツを貰った。その横にはスイカがてんこ盛りにおいてある。自由に食べてもいいみたいだ。レース後から15分ぐらい経っていたが汗がどんどん出てきて、喉がたまらなく渇いていた。スイカを5切れほど食べて喉を潤した。
  少し休んだ後、完走記録書を貰いに行こうと行動する。会場をうろうろするがそんな場所はない。インフォメーションで聞くと記録書の発行は無く、その代わりタイムを掲示板に表示しているとの回答だ。言われた場所にタイムが掲示されていた。すぐに自分の名前が見つかった。ビリから数えたほうが早い。情けねー、と思ったが掲示板のタイトルを見ると「Winner Only」と書かれている。まだレースは終わっていないし、4時間を切った人だけが表示されているようだ。
  その後、タクシーでアパートまで帰った。アパートの階段を上がるのがとてもつらい。手すりに捕まり半歩づつ昇る。完全に産卵後の鮭状態である。前回のマラソン大会と同じ状況だ。もう歩く気力がない。
  部屋に戻り靴と服を脱ぐ。足が大変なことになっている。爪がはがれている。右は親指、人差し指、中指、薬指。左は中指、人差し指。両足の裏は大小数箇所づつの水膨れがある。右親指の爪ははちょうど1年前にアディダスの新品シューズをはいて剥がしてしまった。再生するのに9ヶ月ぐらいかかった。親指の爪剥がれは今後のランニング練習に影響する。レース中に足裏も爪も少し痛いなとういう感覚があったが、苦しさで麻痺していてどうにか走りきってしまったようだ。せっかく高いお金出して、オーダーメイドのシューズを買ったのに意味なかったじゃない。とその時は腹を立ててしまった。後日、原因を考えると靴下に原因があったのかもしれない。足裏にラバー付の靴下だ。1週間ほど前に5分試し履きをした。グリップしてすごい良い感じであった。そしてほぼぶっつけ本番で大会に臨んだ。あまりに靴の中に遊びが無さ過ぎて足の裏と爪に負担があったからではと考えられる。
  気力を絞り、シャワーを浴び、乾杯のビールを飲む。そして解禁していたウィスキーを飲もうと氷の用意をした。タイの氷は品質、製造方法、流通経路、販売店の保管方法のどれかに問題があるのか何処で買っても氷がくっついている。ナイフでガシガシと割っている最中に氷の袋ごと右足の甲に落としてしまう。血が出てしまう傷を負ってしまった。あと少しずれていたら爪が剥がれた親指に落ち大変なことになっていた。
  しばらく休み、汗まみれのウエアの洗濯とシューズを洗った。終わった頃に10時を過ぎたのでタイマッサージを2時間受けに行った。大会翌日も激しい筋肉痛に襲われマッサージを受けに行った。マッサージ、多少は筋肉の回復につながったかもしれないが3日程は階段の昇り降りに難儀した。前回のマラソン大会の時も同じであった。やはり運動能力の100%を出し切ると筋肉に相当なダメージを与えるようだ。

 
 
新兵器 今大会の為に用意したランニング用品

・ミズノ オーダーメイドシューズ 24000円 
 大会1ヶ月前に入手。ピッタリとフィットする。一度履いてしまうともう他のシューズは履けなくなる。
・アシックス 裏ラバー付靴下 2500円 
  左右設定されている。グリップして安定感があると思っていたのだが、あまりにグリップして足に負担が大きかったのかも。
・ワコール CW-X タイツ(スタビライザータイプ)
  からだのふらつきを軽減し、安定した足運びを実現。
・ワコール スリーブシャツ
  肩周りにスタビライザーが入っていて腕振りをサポートする。
・ミズノ ランニングボトルホルダー(ウエストバック) 
  前大会ではアシックスのウエストバックで走ったが、エネルギーゼリーを携帯して走ると腹と腰に食い込んだ。
  今回のミズノは体に当たる部分が3角形になっており、面積が広く体への負担は少なかった。

 
MP3

  マラソン大会の様子をカメラで撮りたくて、iPodナノ風の中国製MP3を購入した。操作は指でなぞる静電式である。しかし、実際に操作してみると走っている最中に操作は難しそうだし、そんな余裕は無いと思う。いままで使用していたボタン式操作のMP3を使うことにした。
  ヘッドホンは前大会で4時間していると耳が痛くなった。そこでクラゲの頭のような形をしたヘッドホンなら耳にフィットするだろうと考えた。ITモールに見に行ったが、これっていうのがない。セブイレブンに100Bで軽そうな製品が売られているのが分かっていたのでセブンイレブンで買う事にした。箱を開けるとLRの線がピッタリとくっついている。裂いたのだが、何処までも裂ける。裂けすぎてしまった。50cmぐらい裂いてしまった。これでは体にまとわりついて走っている時に邪魔である。ちなみに音を聞いてみるといい音がする。再度、買い直して今度は慎重に線を裂き、これ以上裂け無いようにテープで補強する。
  大会当日は自分以外にMP3をしている人がいない。もしかして禁止なの?しかし、そんなのことは何処にも書いていなかった。あるいは音楽を聴きながらのランニングは邪道と考えている人ばかりなのか?自分にとってはテンションが上がり、苦しさを紛らわしてくれる。スタートラインではスタッフにも周りのランナーに咎められることは無かったのでOKだったと思う。もちろんボリュームは絞って周りの音が分かる音量にした。
  クラゲ頭のヘッドホンは失敗でした。やはりぶっつけ本番の使用はいけません。走っている最中に自分の心臓・脈拍音が聞こえてしまう。ドッドッドッドー!っとすごい速さだ。脈拍200ぐらいの速さか?あまりの速さで心臓が止るんじゃないかと気になる。怖くなってくる。後半、汗が噴出すような状態になると滑って落ちてくる。次回からは普通のヘッドホンに戻そう。

 
終わりに

 走っている最中はもう二度とランニングなんてやらないと思っていたが、喉元すぎれば何とやらである。やはりランニングは楽しい。来年の大会もチャレンジだ!日本の秋から春に行われる大会に比べれば条件が悪く過酷だ。とにかく暑い。それでもバンコクを走る事は楽しい。
  今回は何とか4時間切れたが、今の自分の実力からして、もし日本の大会で気温が最適でペースランナーがいればどのくらいのタイムが出ただろうか?10〜15分はいいタイムが出ていたような気がする。もしかしたら3時間30分も切れたかも?
  今回の優勝タイムは2時間16分10秒でケニア人の男性である。すごいタイムだ。もっと驚きなのが1998年12月16日バンコクアジア大会の高橋尚子が2時間21分47秒で優勝したタイムである。最高気温30度を超す高温多湿の悪環境のレースであった。今大会より気温はずっと高い。すごいよな!後に2時間23分14秒でシドニーオリンピックで優勝したが、このアジア大会が彼女のピークだったのではないだろうか?もしこの時にベルリンマラソンを走ったなら世界記録を打ち立て、いまだに破られていないはずだと思う。
  来年のバンコク大会までに日本のレースを3本は出て経験を積もう。さらにプーケット、パタヤマラソンのどちらかに参戦しなくては。後はエアコンの効いたジムの中ではなく、外での走り込みもして暑さの耐性をつけないと。筋トレで脚力のアップと体脂肪率10%以下の体作りも必要だ。そして来年のバンコクマラソンでは3時間半切りを目指そう。