2012年2月12日 バンコクマラソン 〜熱帯国のマラソン大会に再チャレンジ!〜
 

 本当は2011年11月20日に開催される予定だったが洪水の影響で2月12日に延期になってしまった。
11月時点で1月末に日本の大会にエントリーしていた。そうなるとバンコクマラソンは2週間後になる。
体を休める時間とレース前の休養日を取らなくてはならないので練習は出来ない状況であった。

 
・2010年11月のバンコクマラソンに出場したがタイムは3時間50分台。その後、いくつかのマラソン大会に出場した。
・2011年1月。日本の大会で3時間20分台を記録した。
・2011年3月。日本の地元の大会に出場する予定だったが、震災の影響で中止となってしまった。
  この大会で3時間15分切りを目指してトレーニングと体調・体重管理を行っていたが、中止となって目標を失った反動で暴飲暴食を行い、トレーニングの量も減ってしまい体重が一気に増えてしまった。

その後、タイのマラソン大会に3つ出場した。初めて4時間をオーバーし、4時間10分台という屈辱的なタイムを記録してしまう。
他2大会も4時間オーバーで4時間0分台とギリギリ4時間を切れた体たらくぶりである。
とにかく暑かった。おまけに体重が増えたのでタイムに影響した。今日まで体重はあまり減っていない。

・2012月1月。日本の大会に出場。昨年3時間20分台を記録した大会だ。体重がだいぶ増えてしまったので前回記録を上回ることは無理なので3時間30分切りを目標としていた。順調に1kmを4分30秒から5分で走っていたが12km地点で左脚の膝の裏側の筋肉が肉離れを起こす。最初は筋肉が切れたと思い棄権を考えた。
しかし、そんな見っとも無いマネは出来ず、痛いのを我慢して走りきった。脚が痛くてスピードは出せなかったが何とか3時間40分台で走り切った。
2週間後にはバンコク大会があるというのに。大変なことになってしまった。レース後8日間は脚を休める為に練習は休んだ。

 
2月7日
筋肉痛も良くなったので練習をした。筋肉のダメージを考えてあまりスピードを上げずに走った。練習後に筋肉痛もほとんど無かった。
 
2月8日
少しスピードを上げた練習を行った。練習後に左脚モモの裏側に酷い筋肉痛が発生した。
4日後には大会だというのに。しかし、マッサージと筋肉痛の薬を塗りこんだおかげで大会前夜には痛みはだいぶ引いた。
 
2月10日
アーミークラブへレースキットを受け取りに行く。名簿には日本人の名前もちらほらと。
今回の参加グッズはシューズケース、Tシャツ、トートーバッグ、筋肉痛の塗り薬である。
しかし、Tシャツのカラーは何とかならないか?男性が着る色ではない。
タイの他大会でもTシャツか帽子を参加賞でもらったが、どれもピンク色であった。
 
2月11日
朝10時に起きてしまった。前夜10時にドリエルという睡眠改善薬を飲んだせいである。土曜日の夕方から一眠りするつもりで眠れなかった場合にこの薬を飲むつもりでいた。
まずは翌日に頭痛や目まい、動悸等の症状が起きないか試してみたのである。飲んでしばらくして動悸がする。息がかなり苦しい。が、いつの間にかに寝ていた。11時間ぐらい寝てしまった。それでも起きた時はすごく眠かったが無理して起きた。
頭痛やめまいは無かったが動悸があったのでこの薬を飲んだ後にマラソンは危険である。使えない。
部屋でずっと過ごしていた。夜8時に寝ようとベッドに入ったがぜんぜん眠れない。寝すぎた為である。
 
2月12日0時
結局、一睡もせずにベッドで悶々としている内に起きなければならない時間になってしまった。
ただし、タイムはあまり期待できないだろう。過去最悪のタイムであるかもしれないと覚悟した。寝不足状態で練習するとすぐにバテてしまって走れなくなってしまう。

日本から買ってきた餅を食べる。腹持ちが良くエネルギーも高いのでマラソン前の食事は餅がベストである。以前、スーパーTOPSで餅を見かけたがいつの間にか消えてしまった。復活してくれないものだろうか。 今回はたまたま日本から戻った直後だったら餅があったが、しばらくすれば餅が手元の在庫が無くなる。フジスーパーに行けばあるかな?
ストレッチを行い身支度をしたらあっという間に2時になる。アパートを後にする。

タクシーで向かったがタクシー運転手がマッサージに行かないかと誘ってきた。
おいおい、これからマラソン大会に向かうっていうのに何を言っているんだ。俺の格好を見ればこれから走るって判らないのか?
これからマラソン大会で走る事を説明してマッサージはお断りした。

 
2時30分
会場に到着、結構人が集まって盛り上がっている。日本人もたくさんいるな。特にバンコク走遊会の方たちか?たくさんいる。タイの地方大会で数名みかける程度だったがこんなにたくさんいたのか。
みな切磋琢磨、叱咤激励して練習を頑張っているんだろうな。時々、孤独に練習をしていて疲れてくると仲間がいて励ましあうのも悪くはないと思うことがある。今回は参加人数は前回大会よりも少ない。前回が約1500名で今回は約1100名である。
やはり洪水の影響が大きいのか?
 
 
2時50分
スタート地点に行く。なるべく前方の方に位置を確保する。場所取りはタイムにかなり影響する。特に日本の大会では人が多すぎてスタート直後の2.3kmはだらだらとゆっくり走るか、人を掻き分けて走るしかない。
人を掻き分けて走るのは結構体力を消耗する。目標タイム順に並ぶのがマナーだがあまり守れていない。スタートで3〜5分はロスしているんじゃないだろうか?
まあバンコク大会では人数が少ないからそれほどのロスはない。逆に前に並びすぎると速いランナーに引っ張られてオーバーペースになる可能性がある。昨年の大会がそうだった。
それと今回はエネルギーゼリーは携帯するのはやめた。やはり持って走るのは結構負担である。変わりにアミノバイタル顆粒タイプを4本携帯する。10、20、30、36kmで補給する予定である。
 
2時57分
3時スタートだが、少し早くスタートした。ラッパが鳴り、みな嬌声や拍手をしながらスタートする。
今大会は脚の筋肉が切れないか心配で意識してゆっくりと走る事を心がけた。距離表示計と給水所は2kmおきに設置してある。さらに1kmごとに係員と車が待機している。
2km地点で水を手にする。飲むのは1口程度。そして暑さ対策で残りを上半身右側にかける。左側は心臓がびっくりするので危険である。この時にシューズを濡らしてしまう。給水毎にシューズが濡れるが、これが後で大変なことになるのだ。
以後、給水所で水を口にしたが今回はがぶ飲みすることは無かった。前回大会では後半はがぶ飲みしても喉が渇く状態だった。

4km走るとランナーもバラけてきて、同じ力量の者同士たちばかりになる。なるべくこのランナーに喰らいついて行く。1km5分ちょっと(時速12km/h弱)で進む。12km手前で折り返してきた10数名の先頭グループのランナーとすれ違う。
全員ケニア人である。すごいな。あっち側は19km過ぎた地点。なんか情けなくなってくる。寝不足だが具合が悪くなる事もなく、筋肉が切れたり肉離れもなく順調に進む。

20km地点で1時間42分、21km地点で1時間47分である。もしかしたら3時間40分以内でゴール出来るんじゃないかと皮算用してしまった。やはり甘くは無かった。ハーフを過ぎたあたりから徐々にペースが落ちてくる。
26km地点で1kmあたり5分30秒、30kmあたりでは1kmあたり6分をオーバーするようになってしまった。
ここからが地獄の苦しみが襲ってくるのである。とにかく歩きたい衝動に駆られる。32km地点でとうとう歩いてしまう。1分ぐらい歩いたか?その後も3.4回短い時間だが歩いてしまう。

左足の爪が少し痛い。剥がれてしまったのだろう。足の裏もかなり痛い。「歩けば楽になるよ!」と自分の甘い心が囁く。サブフォー(4時間切り)も怪しくなってきた。何としてもサブフォーだけは達成したい。気力を振り絞る。
やがて36km、38km地点を過ぎ精神的に楽になってきた。あと30分弱地獄の苦しみを我慢すれば解放されるのである。40km地点、あともう少しだ。残り2.2kmが長く感じる。
サナームチャイ通りに入ると遠くにゴールが見える。沿道には応援する市民が。あと400mぐらいだ。それもがとてつもなく長く感じる。もう限界。最後の気力を振り絞る。ようやくゴール前に到達。自分の名前が紹介された。
時計を見ると3時間50分台で前回のタイムを2分ちかく上回った。
ゴールしたのはいいが、歩くのがつらい。なんとかTシャツとメダルを受け取り、広場に行き座り込む。汗が吹き出てくる。喉が急に渇いてきた。水を求めて立ち上がる。やはりゴール後の水は美味しい。水、コーラ、ジュースなどたくさん飲んだ。
その後、マックでハンバーグを、フルーツ交換所へ行きフルーツを貰った。前回食べた雑炊とスイカは見当たらなかった。無くなってしまったのか?

やがてレース結果が表示された。今回は各カテゴリーのベストテンまでの表示であった。前は4時間以内のゴールランナー全員の名前が載っていたが今回は違った。ちょっと残念。少し誇らしい気持ちになったのだが。

その後、タクシーでアパートに戻った。ウエアを脱ぐ。靴下を脱ぐと爪が剥がれている。左の爪が剥がれているのが覚悟していたが、右の爪は親指を含め4本剥がれている。左は3本。親指は無事。指を見るとふやけている。長時間風呂に入ったときの状態と同じだ。
皮膚がふやけて剥がれやすくなったところに、水で靴を濡らした為に足裏が滑るようになったか、逆にグリップが良くなり遊びが無くなりすぎた為であろう。同じ靴、同じ靴下で1月の日本の大会を走った時はなんとも無かったので油断していた。右の親指は何回剥がれただろうか?いつも完全に元に戻る寸前で剥がれてしまう。
次のマラソン大会は3月だ。走れるかな?練習も出来るか?少し不安になってきた。

シャワーを浴びてビールを飲む。最高の美酒だ。これがレース後の楽しみのひとつである。大会前10日間ぐらいは禁酒しているので余計にうまく感じる。

今回、万全ではない体調で臨んだが、前大会の記録を上回ることが出来た。しかし、30km以降の失速を何とかしないと更なるタイムの向上は無理だろう。やはりあともう少し体重を落とす必要がある。
理想を言えば6kg。せめて3kgは落としたいところだ。しかし、タイではビールが安くて美味しい。それに台所にコンロが付いていないので自炊ができない。おのずと偏った食事になってしまうのも原因だ。
今は2Lのペットボトルを3本背負って走っているような状態だ。これを降ろしたらどれほど楽だろうか。体重を落とさないとバンコクマラソンで3時間半切りは難しい。次の大会まで9ヶ月。やるしかない。

今回の優勝タイムは2時間18分31秒のケニア人男性である。2位は18分37秒のケニア人、上位9人までケニア人で10位にエチオピア人である。
女子では2時間41分37秒でケニア人女性である。やはりベストテンはケニア人とエチオピア人で占められている。

 
 
アーミクラブで貰った参加賞。シューズケース、トートーバッグ、Tシャツ、筋肉痛の塗り薬(気が利いている?)。 フルマラソンの完走ランナーがもらえるシャツとメダル。 夜の王宮。ライトアップされていてきれいだ。
2:30。早くもスタートラインに並んで場所取り。
気合が入っている。
スタート前のウォーミングアップ。 気合入っている。やる気満々。
ゴール。お疲れ様でした。 お疲れ様でした。 誰?芸能人?報道陣がたくさん囲んでいた。
コスプレランナー。3km出場。フルではさすがにここまで徹底したコスプレはいなかった。 帰り道。タクシーの中から。コースを辿るルート。スタートから5時間10分。頑張れあと6kmだ。 旧国会議事堂前。ちらほらとランナーが。頑張ってー。